ベトナム進出は今がチャンス?弁護士が語る日系企業進出・法務支援の実態|CastGlobal Law Vietnam様

東南アジアでの事業展開において、依然として高い注目を集めているベトナム市場。製造拠点としてだけでなく、1億人の消費市場としての魅力も高まる中、多くの日系企業がベトナム進出を検討しています。しかし、現地の法規制や商習慣の違いから、思わぬ落とし穴にはまってしまうケースも少なくありません。

今回は、ベトナムで11年間にわたって日系企業の法務支援を手がけるCastGlobal Law Vietnamの工藤氏に、ベトナム進出の実態と成功のポイントについてお話を伺いました。現在200社以上の日系企業を支援する同氏の経験から見えてきた、ベトナム進出における重要な示唆をお届けします。

1億人マーケットの魅力|ベトナム進出の相談企業数は常に高止まり状態

ーーー工藤様のご経歴と現在手がけていらっしゃる事業について教えてください

工藤氏:

私は弁護士として15年目で、グローバルで日系企業をサポートしたいという思いがあり、現在の弁護士事務所に入所しました。

元々キャストグローバルという法律事務所で中国での日系企業サポートを行っていましたが、その後の2014年からベトナムでの日系企業支援事業の立ち上げを担当し、現在ベトナム在住歴11年目になります。

法務だけでなく会計・税務のコンサルティングも手がけており、社会主義国での日系企業サポートという特殊な領域で、長年のノウハウを蓄積している点が特徴です。

ーーーより具体的なサービス内容についてお伺いできますでしょうか?

工藤氏:

弊社の業務は大きく分けて2つあります。

まず全体の7~8割を占めるのが、既にベトナムに進出されている日系企業への法務支援です。弊社はベトナムの司法省に登録している弁護士事務所として、ホーチミンとハノイの2拠点で、ベトナムの弁護士法に基づいて業務を行っています。

具体的には、顧問弁護士業務として日常的な契約書作成、新しいビジネスの戦略策定やスキーム構築のサポート、知的財産管理、人事労務の問題対応や予防策の提案、そして紛争が起きた際のサポートなどを行っています。

残りの2~3割が、これからベトナムに進出される企業のサポートです。M&Aでのデューデリジェンス、投資契約書や株主間契約書の作成、進出前の事業可能性調査や規制調査、事業スキームの構築支援などを手がけています。

ーーー顧問契約は具体的にどのような支援・料金体系なのでしょうか?

工藤氏:

ベトナムでは相談時間あたりで課金するタイムチャージ制の事務所も多いのですが、弊社では月額1,200万ドン(約7万円)での顧問契約を基本としており、この範囲内で相談し放題にしています。ただし、大型の契約書作成やボリュームのある調査、M&A案件などは別途見積もりをさせていただいています。

現在百社を超える企業と顧問契約を結んでいますが、ベトナムでは法務と実務の乖離が激しいため、そうした情報にアンテナを張ることも重要で、タイムチャージではなく固定料金の中でなるべく対応するよう心がけています。

ーーーベトナムに進出したい日系企業は増えているのでしょうか?

Cast Global Laq Vietnamの顧客業種割合
CastGlobal Law Vietnam|顧客の業種割合

工藤氏:

進出相談数は高止まりしている状態ですね。

10数年前からベトナムは中国の次の製造・開発拠点として注目されていましたが、当時は「ベトナムで製造して日本に売りたい」という企業が多かったんです。しかし今は、「ベトナムマーケット向けに作りたい」「日本から持ってきたものをベトナムで売りたい」という企業がどんどん増えており、ベトナムのマーケットとしての注目度は依然として高いと感じています。

ベトナム自体のコストは徐々に上がっているので、単なる労働集約型の魅力は昔より減っていますが、それに合わせて1億人のマーケットとしての魅力が高まっています。そのため、新しい企業が継続的に進出を検討しているという状況です。

ーーー東南アジアの中でのベトナムの位置づけは相対的にどうなのでしょうか?

工藤氏:

日系企業の進出数では、東南アジアで未だにNo.1だと思います。これは外資規制の緩さも大きな要因ですが、ベトナムは何かに特化しているというよりはバランスが良い国と言われています。

外資100%でできる業種が多く、最低資本金もない、進出後の管理もそこまで厳しくないという点が挙げられます。一方、インドネシアやフィリピンは現地資本規制が厳しく、外資企業が簡単に進出できない仕組みになっています。

ベトナムでも高齢化は進んでいますが、出生率も1.9程度で、日本に比べればまだまだ若い人が多いです。東南アジア全体で出生率は下がってきていますが、ベトナムは2人っ子政策をやめたばかりで、比較的下がり切る前に手を打とうとしているところもあります。

特に個人GDP(1人当たりのGDP)が5,000ドルに近づいてきており、消費財や自動車などの購買力が上がってきているので、日本の高品質・高単価な製品にとってはこれからが魅力的な市場だと考えています。

ベトナムは大企業だけでなく、中小企業やスタートアップも含めて進出しやすい環境にあるため、グローバル展開の1カ国目に選ばれることが多く、相談件数が多いという状況が続いています。

ーーーベトナム進出を決めたタイミングでのご相談が多いですか?

工藤氏:

弁護士業務でいうと、進出直前から進出直後、そしてその後の管理というところが一番多いです。ただ最近は「ベトナムに出たいけれど、まだ出ていない」というサービス業の方が多く、「どういうふうに出ればいいのか」というご相談も比較的多くなっています。

ベトナムでの法務業務は、お客様が投資フェーズでいかに事業をベトナムで大きくするかというところで法務が登場するケースがほとんどです。私は元々スタートアップ支援なども手がけているため、法務だけでなく、法務的な観点を持ちながらいかに事業に貢献できるかを重要視しており、それが他との差別化につながっていると考えています。

つまり、リーガルは当然として、進出企業にとってリスクを抑えながらもコンプライアンスを守って事業を大きくするオプションを増やすことが重要だと思っており、その一つの提案として新しいサービスを始めました。

「Outbound Axis Vietnam(OAV)」というグループ会社の中に部門を作り、日系企業のサービスを一度そこに取り込んで、一緒にベトナムマーケットを開拓するサービスです。うまくいったら外資企業として独立していただくという仕組みになっています。

進出前(OAV)と進出後のサービス概要
進出前後におけるサービス概要

最初から外資企業で設立すると管理や総務体制の構築に時間とコストがかかり、なかなか事業開発に集中できないという課題がありました。それで撤退してしまうケースも意外と多かったんです。

そこで、まず弊社グループ内で一緒に事業開発を行い、軌道に乗ったら独立していただくという形で、リスクを抑えながらベトナム市場への参入をサポートしています。

ベトナム進出時に陥るよくある「落とし穴」も...

ーーー率直にベトナム進出を自社だけで対応することは現実的でしょうか?

工藤氏:

製造業の場合は工業団地が会社設立からサポートしてくれることもありますが、一般的なサービス業などでは、外資会社の設立がかなり面倒なため、少なくともその部分でコンサルティング会社を使う企業が多いと思います。

設立以降も会計監査会社が必要ですし、ベトナム向けのサービスであれば法務の重要性も高いため、弁護士をつけて対応される企業も多いです。特に専門家が身近にいない企業では、何らかの現地専門家をつけないと落とし穴にはまるリスクが高いので注意が必要です。

ーーー具体的なベトナム進出のステップを教えてください

工藤氏:

一般的な新規設立では、まずやりたいことがベトナムでできるかの調査を行い、その後IRC(投資登録証明書)を取得し、ERC(企業登記証明書)で登記を完了するまで、書類準備から含めて2~3ヶ月かかります。

会社設立後は銀行口座を開設し、資本金を振り込みます。準備調査から設立完了まで通常3~4ヶ月程度です。外資規制がある業種や、教育・人材紹介などで追加ライセンスが必要な場合は、さらに時間がかかります。

M&Aの場合は、買収対象企業の探索、デューデリジェンス、交渉、契約締結、行政手続きで、全体で半年程度かかることが多いです。

もちろん進出といっても、会社を作るだけでなく、日本から物を販売するだけのケースや、フランチャイズで飲食店・小売店を出すケースもあります。そうした場合は契約上のやり取りになるため、もっと早く対応できます。ただし自社拠点を作るという意味では、M&Aか新規設立の2通りになるので、上記のようなスケジュール感になります。

ーーーベトナム進出検討時によくある「落とし穴」としてはどのようなものがありますか?

工藤氏:

最も多いのは、知り合いがいることで先にお金を送ってしまうパターンです。ベトナムでは投資として認められるためには、正式な登録・登記手続きを経て、決められた口座に送金する必要があります。

融資の場合も、融資・ローン契約を結び、ベトナムの中央銀行や国家銀行に登録を行う必要があります。厳密には、短期か中長期かによっても手続き・登録方法等が異なるのですが、こういった一連の手続きを怠ると、最終的に返済もできなくなってしまいます。

不動産投資でも、購入方法や物件選択を法律に従って行わないと、最終的に売却して日本に売却益を送金することができなくなります。

途中まで進めてしまい、相談をいただくケースが多いのですが、トラブルが起きた後から対処するのは難しいケースが大半です。なので、具体的に動き出す前、厳密には資金を送金する前までにしっかりと調査を行うことが最も重要です。

ドラスティックな法改正がある一方、日系企業には大きなチャンスも

ーーー取引において契約の履行状況はいかがでしょうか?支払いがなかなかされないことも多いと聞きますが...

工藤氏:

契約書自体は守る文化がありますが、ベトナムでの訴訟はまだ安定しておらず、時間もかかるため、日系企業が契約違反で訴訟を起こすケースはあまり多くありません。

そのため、契約書に書くことは重要ですが、それ以上に、どういう相手と付き合うか、どのようなステップで取引額を増やしていくか、どうやって信用関係を築いていくかが非常に重要になります。

未然防止のためには、会社の信用調査、取引実績の積み上げ、前払いの活用、遅延損害金の適切な設定、密なコミュニケーションなどが効果的です。

ーーーベトナムでは頻繁に法改正が加わること等あるのでしょうか?

工藤氏:

共産党一党支配の社会主義国なので、党の方針によって法律が大きく変わることがよくあります。法律自体が変わるだけでなく、その下の政令や通達も党の方針で変わる可能性があり、法律自体は変わっていなくても、通達レベルで法律が変わったのに近い改正になることも頻繁にあります。

ただし、ベトナムは中国と違って、国民や民間企業の顔色も見ながら体制を築いていく傾向があります。法律ができてもすぐに変更したり、受け入れられていないから停止するといったこともあるため、極端に事業環境が変わることは少ないのですが、「この法律は適用されているのか、されていないのか」「法律は変わっていないが実務はこうなった」「通達でこう変わった」といったことがちょこちょこ出るため、追いついていくのが大変という面があります。

現在ベトナムは大きな変革期にあります。この10年右肩上がりに成長してきた国ですが、今後20~30年で先進国入りを目指すというトップの強い方針があり、そのための逆算で今変わらなければならないという状況にあります。

具体的には、汚職撲滅や行政の不透明さの改善のため、公務員削減、省庁統合、地方自治体の統廃合といった行政改革を同時に進め、行政の効率化と迅速化を図っています。

一方で国民側では、これまでは脱税などがまかり通り、あまり税金を納めなくても成り立っていた部分がありましたが、現在は徴税を大幅に強化しています。国民全員がオンラインで番号を持ち、それが個人情報と紐づけられ、一定以上の売上は全てオンラインで売上情報が口座とも紐づく仕組みになってきています。これにより所得隠しはできなくなり、今まで見えなかった所得が顕在化して、それを納税という形で中央政府が集めて、インフラや全体の経済成長のために使っていくという方針です。

教育、最先端の半導体、ITなどへの投資も同時に進めており、全体の方針は非常に良いと思います。ベトナム自体の経済成長のために無駄を省いて収入をアップさせる方向で進んでいます。

ただし、あまりにもドラスティックに改革を進めているため、法令もそれをベースにどんどん変わっています。これは日系企業にとってはチャンスでもあります。日系企業は元々コンプライアンスをきちんと守って事業を行っているため、今まで納税をあまりしていなかったローカル企業や個人と競争する際に、全てが見える化されることで競争環境が公平になります。

しかし、事業環境がどんどん変わっているため、日系企業も意思決定を早くして対応していかないと、ローカル企業の伸びに負けてしまう可能性があります。進出時のアドバイザリーだけでなく、進出後も頻繁に法改正が発生するという前提で法務面の備えをしておくことが重要です。

ーーー最後に実際の相談事例等があればお伺いできますか?

Cast Global Law Vietnamの顧客事例一覧
CastGlobal Law VietnamのHPには個別の導入事例も

工藤氏:

実際の支援事例は本当に様々です。純粋に顧問契約を結んでいる企業では、ベトナム人の総務スタッフがいても法律の専門家ではないため、「ベトナム人スタッフはこう言っているが、これは法律上本当なのか」という確認の連絡をいただくケースがあります。

逆に、日常的な労務や契約業務については、ベトナム人スタッフから弊社のベトナム人弁護士に直接連絡していただき、毎日やり取りして問題が生じないよう密に連携している企業も多いです。

進出段階のオーナー企業では、日本の社長がベトナム事業をきちんと見たいが現地のことがわからないため、私も一緒に入ってベトナム事業を作っていく法務面でのサポートや、ベトナムの慣習について話し合いながら進めています。メールやメッセンジャーなど、柔軟な方法でやり取りしています。

大手企業では海外進出に慣れた担当者がピンポイントで活用される一方、オーナー系企業やスタートアップでは「ベトナムの事を丸ごと一緒にやりたい」「アドバイザーのようになってほしい」という要望も多く、横で見ていて「これは検討が抜けていないか」といった提案をこちらからすることもあります。

最近では、ベトナムだけでなく他拠点展開や、ベトナム内で複数会社を持つ企業の整理・リストラクチャリング、資金調達に関する日本とベトナムの法令にまたがる法務・税務上のリスクを抑えた効率的な運用方法など、より事業判断に近いところも一緒に手がける企業が増えています。

初回相談は基本的に無償で対応していますので、何か問題が生じてからではなく、まだ何もやる前の段階でぜひコンタクトしていただきたいと思います。

送金してしまった後では解決が非常に困難になるケースが多いため、コストを抑えながら法律に従って進出するためにも、早めの相談が重要です。ただし、専門家にコストをかけすぎて事業が成り立たなくなるのも本末転倒です。最初にお金をかけすぎて1~2年で撤退してしまうのももったいないですし、かといって見切り発車で送金してしまい、登記もされていなくてお金も戻せないというのも問題です。

そのバランスを取って、どのラインで進むかという意思決定を迅速かつ合理的にできるかが成功の鍵だと考えています。

編集後記

今回の取材を通じて、ベトナム進出における「タイミング」の重要性を強く感じました。工藤様が繰り返し強調されていたのは、「何か問題が生じてからではなく、まだ何もやる前の段階での相談」の大切さです。

特に印象的だったのは、ベトナムが現在大きな変革期にあり、日系企業にとってチャンスである一方、迅速な意思決定が求められているという点です。コンプライアンスを重視する日系企業の強みを活かしつつ、現地の急速な変化に対応していく必要があります。

海外展開を検討される企業にとって、専門家への早期相談と適切なコストバランスの両立が成功の鍵となることを、改めて実感させられるインタビューでした。

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監修者
編集
中村 大介
1985年兵庫県神戸市生まれ。2008年に近畿大学卒業後、フランチャイズ支援および経営コンサルティングを行う一部上場企業に入社し、新規事業開発に従事。2015年、スタートアップを共同創業。取締役として外国人労働者の求人サービスを複数立上げやシステム開発を主導。2021年に株式会社ジンザイベースを創業。海外の送り出し機関を介さず、直接マッチングすることで大幅にコストを抑えた特定技能人材の紹介を実現。このシステムで日本国内外に住む外国人材と日本の企業をつなぎ、累計3000名以上のベトナム、インドネシア、タイ、ミャンマー、バングラデシュ、ネパール等の人材採用に携わり、顧客企業の人手不足解決に貢献している。著書「日本人が知らない外国人労働者のひみつ(2024/12/10 白夜書房 )」
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