介護分野における外国人材の活用が広がる中、外国人介護士の定着と成長支援が大きな課題となっています。そんな中、東京の国分寺と池袋で介護スクールを運営する「むさし介護アカデミー」では、外国人向けに特化したオンライン介護福祉士試験対策プログラム「ヤリキル」を展開。登録支援機関や介護施設と連携し、外国人介護士の国家資格取得を支援する新たな取り組みを行っています。学校長の近藤様に、事業コンセプトや今後の展望についてお話を伺いました。
受験者全体の合格率83.9%の一方、外国人受験者は33.3%という厳しい現実

ーーー近藤さんの経歴と会社設立の経緯について教えていただけますか?
近藤校長:
新卒から求人広告の営業を5-6年経験した後、展示会等を運営するイベント企画会社に転職し、2010年に独立しました。介護施設向けの商品販売や「介護甲子園」という日本一の介護事業所を決めるイベントの事務局長となり、様々な介護施設を訪問する中で業界への理解を深めていくと同時に、介護職への教育や育成に興味を持ち、国分寺で介護の学校を立ち上げることとなります。
ーーー現在の事業内容について教えてください!
近藤校長:
大きく分けて、介護の資格取得スクール、研修事業、卒業生の人材紹介、外国人向けの支援(資格取得サポート+登録支援機関)の4つを手がけています。
スクールについては東京の国分寺に本校、池袋に第2教室を構え、他にも施設側のニーズに応じてサテライト形式で授業を提供しています。
特徴的なのは、「東京No.1」を自負しているくらい、教育に力を入れている点です。
介護福祉士対策では、ポイントを絞り込むことで取れる問題を確実に正解することを目指し、全力でバックアップしています。結果として、むさし介護アカデミー受講者の介護福祉士国家試験合格率は98%(2023年1月試験結果)と全国平均を大幅に上回っています。
研修事業では、初任者研修や実務者研修に加え、当校が考え出した「GIFT理論」を提供し、全国の養成校の中でもむさし介護アカデミーでしか学べない「オリジナルの介護技術」も提供しています。現場で役立てることを意識し、一人一人の受講生に寄り添い、万全のフォロー体制を敷いています。
そして、当社のスクールを受講してくださった卒業生を紹介する人材紹介事業も展開しています。一般的な紹介会社のように、Web等で集客した人材のご紹介は行っていません。当校は全国で唯一と言っても過言ではなく全ての受講生と必ず面談をしております。一人一人の課題に向き合い、お互いに信頼関係を構築しているからこそ、自信を持ってご紹介しています。
自分たちで育てた人材を責任を持って最後までご支援するというコンセプトで運営しています。
ーーー外国人向けの「ヤリキル」が生まれた背景について教えていただけますか?
近藤校長:
現在も介護の資格研修を中心に事業を展開していますが、運営する中で、徐々に外国人受講生が増えてきました。しかし、日本語能力や文化的背景が日本人と異なるため、同じクラスでは授業の進捗スピード・理解度を合わせることが難しく、外国人特有の学習ニーズがあることに気がつきました
そこで私たちは、外国人に特化したクラスを開講することにしました。日本人とは別のクラス編成にすることで、理解度が高まると同時に満足度も向上し、結果として良い決断だったと思っています。
ただ、介護福祉士国家試験の合格については、かなりハードルが高い現状があります。直近の2025年1月の試験では、全体の合格率が83.3%である一方、特定技能の受験者4,932名の合格率は33.3%と大きな開きがある状況です。実務者研修のみでこの合格率を向上させることは難しく、日本人向けの対策コースを受講しても、介護研修同様、理解度や進捗スピードに乖離が出てしまいます。
この現実を踏まえ、高校受験に似た受験塾のように介護福祉士国家試験の合格に向けて徹底的にオンラインで試験対策を行う「ヤリキル」を2024年秋頃から試験的に始めました。
ーーー「ヤリキル」の具体的な内容を教えてください
近藤校長:
オンライン試験対策塾「ヤリキル」は、2つの軸から成り立っています。
一つ目は「授業」。出題科目別に学習するコース、過去問を徹底的に学習するコース、実際に過去に出題された漢字を学習するコースの3つから構成されています。
二つ目に、介護福祉士国家試験に出題された漢字だけを抽出し、頻出順に学習できる検定「T-JEC」を、当校で独自に開発しました。100級まで用意されており、Webテスト形式で自学自習・繰り返し学習ができるようになっています。
授業は週2回、90分のライブ形式で実施しています。外国人学習者の場合、元気に来ているか、理解度はどうかといった点が重要なので、オンライン授業でもライブにこだわっています。もちろん、録画動画を閲覧することも可能ですが、毎週の授業で学習の週間化ができる上、尚且つ仲間ができれば「もっと勉強しよう」と刺激をもらうこともできます。
こうした授業は、介護福祉士の試験対策に特化した講師が担当しています。毎年の試験傾向を分析し、外国人向けの教授法を常に模索しています。日本人向け講座で90%超の合格率を達成している一流の講師陣のため、授業の質については自信がありますね。
また、私たちは母国語での授業ではなく、日本語での学習を徹底しています。これは実際の試験環境に近い形で学ぶことが合格への近道だと考えているからです。例えば、英会話を習うのに日本語で授業するスクールがあったとして、本当に語学力が上達するのか、不安を覚える方もいるのではないでしょうか。介護の日本語を学ぶのに母国語で説明するのは本質的ではないと思うのです。
もちろん、日本語が全く話せない方やまだまだ自信がないという方は母国語でも問題ないと思います。ただし、母国語で教えると一時的に理解した気になりますが、実際の現場や試験では日本語で対応しなければなりません。甘えが出てしまい、本当の意味で身についていないケースが多いので、私たちは「厳しさ」も含めて、実践的な学習環境を提供することにこだわっています。結果として、これが介護現場でのコミュニケーション能力の向上にもつながっていると実感しています。
介護福祉士国家試験の受験チャンスは「5年間でたったの2回」

ーーーなぜ介護福祉士資格取得が外国人にとって重要なのでしょうか?
近藤校長:
特定技能の方が日本でずっと働くには、在留資格「介護」へ切り替えないといけません。特定技能は5年が在留の上限のため、この5年間で在留資格「介護」の取得要件を満たさないといけないのです。
ところが、介護福祉士国家試験は、「実務経験3年以上」が一つの受験資格となります。そのため、特定技能として初めて日本に来た外国人材は、3年経過するまで受験自体ができないのです。
さらに重要なのは、この試験が年1回しか実施されないということ。5年の在留期間内で考えると、国外から来日した特定技能人材は最大でも2回しか受験チャンスがありません。つまり2回失敗すると、5年で帰国しなければならなくなるのです。この事実は、残念ながら多くの介護施設や支援機関も気づいていないことが多いですね。
現状の一般的なスケジュールでは、まず日本語学習から始まり、介護業務を経験し、実務者研修を取得して、ようやく4-5年目に介護福祉士の試験勉強を始めるという流れ。これでは合格率が低くなるのは当然です。

私たちが提唱しているのは、高校受験と同じ考え方です。中学3年の夏ごろから慌てて受験勉強をしても、第一志望(難しい学校であればあるほど)には到底間に合わないのと一緒だと思うのです。だから、中学1年生の頃から塾に通うお子さんがたくさんいるように、試験勉強は2,3年前から準備しておく必要があります。
日本語も試験問題も繰り返し学ぶことで覚えられるものなので、1~3年かけて初めて合格できるレベルに達します。
そして、よく「N2が取れないと介護福祉士は無理」と言われますが、それは少し勘違いです。N2レベルの日本語能力は必要ですが、必ずしも資格に合格する必要はありません。なぜなら、介護福祉士試験に出てくる漢字や専門用語はN2試験では出て来ないからです。「膀胱留置カテーテル」や「無菌操作」など、介護現場特有の言葉を学ぶことが重要です。
私としては、介護福祉士の試験の方がN2よりレベルが高いと思うので、先に介護福祉士の学習をしてしまえば、N2受かることも難しくないと思います。
N2取っても、介護福祉士を取れないと帰国の道になります。大事なものから学ぶという本質を理解してもらえたらと思います。
ーーービジネスモデルとしてどのような展開をされているのですか?
近藤校長:
まず現状の課題として、特定技能の外国人材を海外から呼び寄せ、介護施設に紹介する事業者は多数いますが、介護の資格取得やスキルアップのための支援を専門性高く提供できている人材エージェントや登録支援機関はほとんどありません。
例えば「日本にいるノンネイティブの介護スタッフが全員介護福祉士になれば、誰も損しないし、全員ハッピーになる」というのは明らかなのに、現状は、外国人本人が単独で頑張るか、受け入れ施設が独自にサポートしているか程度なのです。登録支援機関に「何を支援しているのか」と問うと、「義務的支援で規定された日本語や生活のサポートはするけど、介護福祉士国家試験合格のサポートはしていない・できない」と言われます。結果として外国人たちは介護福祉士国家試験に受かることができず、帰国することに。介護施設は毎月支援費用を払っているものの「何のためのお金なのか」と不満につながってしまうわけです。
私たちの基本理念は「全方よし」です。自社だけが儲かればいいという考えではなく、みんなが成功する仕組みづくりを目指しています。
登録支援機関としての支援に加えて、介護福祉士合格支援サービスを自社だけで提供するとなると、リソース的に100〜200人程度しか対応できません。外国人介護福祉士を増やすためには、外国人を雇用する介護施設や支援を実施する登録支援機関、組合などに当社の「ヤリキル」を導入いただくことが必要不可欠と考えています。
実際、介護福祉士試験対策までできる登録支援機関は全体の1%もないでしょう。また、介護施設も外国人サポートのノウハウに差があります。そこで私たちのプログラムを活用することで、各機関が得意分野に集中しながら、外国人材の資格取得を効率的に支援できる仕組みを提供しています。
外国人受験者の介護福祉士国家試験 合格率50%を目指す

ーーー「ヤリキル」を運営する上で今後の課題になりうることはありますか?
近藤校長:
今後最大の課題になりそうなものとしては受講者の出席率です。いくら優秀な講師でも、来てもらえなければ何も始まりません。実際、テスト段階ではありましたが、「ヤリキル」でも出席率低下の現象が一部発生していました。
そこで私たちは2025年度以降、様々な対策を講じていく予定です。まず施設の本部や人事部、登録支援機関の担当者と連携し、出席状況の共有を徹底していく予定です。「〇〇さんが来ていないので声をかけてください」「シフト調整をお願いできませんか」といった具体的な依頼をすることで、やらなければならないという意識づけができると考えています。
また、Web上で受講状況や学習進捗が可視化できるため、「誰がどの程度出席しているか」「どこまで学習が進んでいるか」を本人だけでなく、施設や支援機関の担当者にも確認してもらった上で、しっかりとフィードバックしてもらいます。これによって、的確なフォローができるようになりますし、支援機関と介護施設双方の密なコミュニケーション体制も構築できます。
昨年度は試験的な位置づけ・運用でしたが、今年度からはこれらの出席率向上策を含め本格的にアップデートしていき、外国人受験者の介護福祉士国家試験合格率を現状の38%から50%に引き上げることを目指します。
ーーー外国人雇用を検討中の介護施設へのメッセージをお願いします
近藤校長:
人手不足だから採用するというだけでは不十分です。外国人材に「技術を提供します」と言って迎え入れるなら、介護福祉士の資格取得までサポートすることが、日本として最低限すべきことではないでしょうか。
自分が外国語でテストを受けるとしたらどうかを考えてみてください。受かる自信はありますか?難しいからこそ、介護福祉士試験までの道筋をしっかりと考えてあげる必要があります。ただし、施設が全てを自前でやる必要はありません。介護職は本来の業務で忙しいですし、教え方に自信がある方ばかりとは限りません。高校受験と同じで、塾のようなプロに任せることも一つの方法です。
地方の施設では特に、単に給料だけで勝負するのではなく、「しっかりと介護福祉士の資格取得まで支援する」「安定して長く働ける」といった魅力をアピールすることが重要です。外国人コミュニティは情報共有が活発ですから、そういった評判が広まれば友人を紹介してくれる等の人材確保にもつながります。
最後に、「丁稚奉公」のような古い考えではなく、外国人材が長く働きたいと思える環境や仕組みを作ることが最も大切です。人が採れないのは「介護だから」ではなく、魅力的な職場を作れていないからです。成功している施設はちゃんと人材を確保できています。
創意工夫を凝らしていくことで、安定的な人材獲得を目指していく。その際に、当校がご支援できる部分もあると思いますので、ぜひご連絡いただければ幸いです。
編集後記
今回は、外国人介護士向けの介護福祉士試験対策プログラム「ヤリキル」を展開する、むさし介護アカデミー近藤様にお話を伺いました。
2023年の介護福祉士国家試験において、全体の合格率が82.8%であるのに対し、特定技能の外国人受験者の合格率はわずか38.5%。特に初めて特定技能で来日した外国人材は、5年の在留期間中に最大2回しか受験機会がないという厳しい現実があります。
介護業界における人材確保の課題は、「人が採れないから仕方ない」と諦めるのではなく、外国人材が「ここで働きたい」「ここで成長したい」と思える環境づくりから始まります。国家資格という明確なゴールを示し、それを達成するための道筋と支援体制を整えることが、真の意味での外国人材活用につながるのだと、今回のインタビューから強く感じました。