技能実習・特定技能外国人の受け入れが拡大する中、最も重要な課題の一つが日本語教育です。「指示が伝わらない」「仕事を任せられない」といった悩みを抱える企業は少なくありません。そんな中、現場に特化したオンライン日本語教育サービスを展開し、外国人材の定着支援を行っているのがむすびば株式会社です。
同社は2021年の創業以来、建設・介護・製造業を中心に130社以上の企業で導入され、実践的な会話力向上に焦点を当てた独自のカリキュラムを提供しています。今回は代表の相原氏に、日本語教育を通じた外国人材の定着について詳しくお話を伺いました。
問題に巻き込まれる方は「日本語能力」に課題を抱えているケースが多い
ーーー貴社が手がけている事業について教えてください
相原氏:
当社は2021年5月に起業いたしました。起業の背景としては、大学時代にベトナムで日本語を教えるボランティアに参加したことがきっかけです。そこで日本に働きに行きたい人や日本が好きな人がたくさんいることを知り、とても嬉しく思いました。
その一方で、仲良くなった人が日本に来てから建設現場で殴られて失踪したり、愛知の畜産系会社で女性がセクハラを受けたりという話を聞き、みんな日本に希望を持って来たのに、日本にいることを後悔するという現実を知りました。
技能実習生や特定技能外国人、受け入れ企業、監理団体と話をする中で、日本語を話せないことが仕事のトラブルや問題の原因になっていることが分かりました。問題に巻き込まれる人たちの共通点として、ほとんど日本語を話せず通訳でしか対応できない状況だったのです。逆に日本語を話せるようになれば、日本の仕事や生活が楽しくなり、日本に来てよかったと思ってもらえると考え、当社を創業いたしました。
現在の事業は大きく二つあります。一つは技能実習生や特定技能外国人を対象とした会話力向上を目的としたオンライン日本語教育。もう一つは技能実習生が入国後1ヶ月間行う入国後講習センターの運営です。「国籍に関わらず、共に働いて共に暮らす社会」の実現を目指しています。
入国前の教科書的な事前教育と現場の「生きた日本語」にギャップがある

ーーー具体的にどういった教育サービスになっているのでしょうか
相原氏:
会話力向上を最大の目的としており、日本語能力試験の合格よりも仕事現場で日本人とコミュニケーションが取れることを重視しています。
一般的な日本語教育では「です・ます調」中心の丁寧語や「みんなの日本語」といった教材を使用しますが、実際の現場で使われる日本語とは大きく異なります。建設現場で親方が「持ってもらえませんか」と丁寧に言うことはなく、「それ取って」「こっち持って」といった直接的な指示が飛び交います。
事前教育で学ぶ教科書的な日本語と、現場で実際に使われる生きた日本語の間には深刻なギャップが存在しており、これが来日後のコミュニケーション不全の根本原因となっています。このギャップを埋めるため、私たちはカリキュラムと教科書を全てオリジナルで作成し、現場で本当に使われる表現を中心とした実践的な日本語教育を行っています。
カリキュラムは業界に応じて2つのコースを用意しています。
建設・工場向けコースでは、現場でよく使われる文法や単語をピックアップし、N5レベルなら「取って」といった指示から学習を始めます。
一方、介護分野では特殊な事情があります。介護施設のニーズとして、最終的には外国人材に夜勤を任せたいという強い要望があります。夜勤業務では利用者の状態変化を正確に記録し、日勤スタッフとの引き継ぎを円滑に行う必要があるため、単なる会話力だけでなく介護記録の読み書き能力が必須となります。
そのため介護コースでは、一般的な会話力向上に加えて、介護記録の読み書きや「バイタルサイン」「服薬」「体位変換」といった専門用語を体系的に学習していただいています。
どのコースも、eラーニングではなくZoomでリアルタイム授業を週2回月8時間で実施しています。また、受講前には必ず面談を行い、日本語レベルを把握してクラス分けを実施します。同じコース内でもレベル差があると学習理解度に差が出てしまうためです。
ーーーサービス利用者はどのような方が対象なのでしょうか?
相原氏:
開始当初は技能実習生が大半でしたが、最近は特定技能の方も増えており、現在は技能実習生が6〜7割、特定技能が3〜4割程度です。技術・人文知識・国際業務の方も一部います。入国してすぐ利用される場合もあれば、3年経っても話せないからと利用される場合もあり、様々なケースがあります。
国籍別では、ベトナムが約40%、インドネシアが約40%、残り20%が中国、フィリピン、ミャンマー、ネパールなどとなっています。
ーーー料金体系について教えてください
相原氏:
企業に支払っていただく形が基本で、1人当たり週2回の授業、月8時間で税込7,700円です。
私たちは授業時間の50%をインプット形式の講義、残り50%を受講者のアウトプットに充てていますので、1クラスの受講人数を最大6人のグループレッスンとしています。会話力向上が目的なので、受講者がしっかりと話す・アウトプットすることを最重視しているためです。そのため、あえて少数のグループレッスンにこだわっています。
短期集中を希望される企業には月50時間程度のオーダーメイドプラン等も提供しています。
ーーー出国前に日本語教育である程度日本語は話せるようになっていませんか?
相原氏:
これは深刻な問題です。実は、入国時から日本語が上手で仕事ができるケースはほとんどありません。技能実習生は母国で約6ヶ月間の日本語学習を義務付けられているにも関わらず、実際の現場では全く通用しないのが現状です。
送り出し機関での教育環境に大きな問題があります。1教室に40〜50人を詰め込んだ大人数での授業、日本人講師ではなくN3〜N4レベルの元技能実習生が教えている状況、そして「みんなの日本語」のような一般的だが実践性に欠ける教材の使用などです。
さらに根本的な問題として、送り出し機関のビジネスモデルが「送り出すこと」に特化している点があります。教育の質より送り出し人数が重視されるため、実習生一人ひとりの日本語習得は軽視されがちです。結果として、何百時間も勉強したはずの実習生が来日後に「全然話せない」「日本人のスピードで聞き取れない」「指示が理解できない」という状況に陥っています。
この問題は個々の送り出し機関だけでなく、制度全体の構造的な課題として捉える必要があります。真の意味での人材育成が行われない限り、受け入れ企業の負担は軽減されず、実習生本人も来日への期待と現実のギャップに苦しむことになります。
ーーー受講生のモチベーションの維持が課題になりませんか?
相原氏:
これは導入を検討される企業様から最も多く寄せられる懸念事項の一つです。「会社が費用を負担しても、本人にやる気がなければ続かないのでは」「Zoomにアクセスしてこないのでは」といったご心配をよくお聞きします。
しかし実際には、継続率は非常に高く、平均9ヶ月程度継続されています。長い方では2年近く続けている方もいます。私たちは毎月更新制を採用しており、企業判断でいつでも終了できるシステムにしているにも関わらず、この継続率を維持できています。
継続される理由はいくつかあります。まず、授業が「楽しい」状態を作れていることが最大の要因です。仕事や生活に直結する内容を扱い、受講者自身の体験談を話しながら進めるため、自分のことを話す楽しさがあります。会話中心の授業なので、3〜4ヶ月で「日本人と話せるようになった」「仕事がスムーズになった」という実感を得やすく、これが継続意欲に繋がります。
また、同レベルの受講者6人でクラスを構成しているため、異なる企業・国籍の仲間ができることも大きなモチベーション要因です。「友達がいるから授業に参加したい」という気持ちが働き、単なる義務感ではなく自発的な学習意欲を喚起できています。
さらに、カリキュラムが実践的で変化を実感しやすいことも重要です。建設現場で親方とコミュニケーションが取れるようになったり、介護施設で夜勤を任されるようになったりと、具体的な成果が見えることで「勉強して良かった」という実感が得られ、自然と継続に繋がっています。
日本語能力の改善が「長期定着」に繋がりうる

ーーー企業はどういった課題があり貴社サービスを導入されるのですか?
相原氏:
圧倒的に多いのは「指示が伝わらない」「日本人の話を理解してもらえない」ことです。外国人材が「わかりました」と返事をするため一見理解しているように見えますが、実際は内容を把握できていないケースがほとんどです。結果として「仕事を任せられない」状況が続き、日本人スタッフの負担が増加するだけでなく、外国人材を雇用した意味が失われてしまうという悪循環に陥っています。
建設や製造業ではさらに深刻な問題があります。日本語での指示が正確に伝わらないがゆえに、危険エリアへの立ち入りや機器の誤操作が発生し、重大な怪我や事故に繋がるリスクが高まります。実際に、指示を理解できずに立入禁止区域に入って怪我をし、数ヶ月の入院を余儀なくされた事例をきっかけに申し込まれる企業もありました。介護分野では、利用者の安全に関わる夜勤業務を任せられないという課題が多く聞かれます。
ーーー具体的な導入事例について教えてください
相原氏:
京都府の建設会社では、以前は仕事を任せられず社長自ら日本語の指導をしていましたが、日本語学習により実習生に自信がつき、「これは何ですか」「どういうことですか」と自分から質問できるようになりました。仕事も早く覚え、現在はその実習生が特定技能として継続勤務し、新しい実習生への指導役を担っています。この変化により、社長の負担も大幅に軽減され、実習生同士のコミュニケーションも活発になったことで、職場全体の雰囲気が向上したとのフィードバックをいただいています。
別の建設会社では、実習生が立入禁止区域に入って怪我をし3ヶ月入院したことがきっかけで導入されました。当初は安全面での不安から現場作業を制限していましたが、日本語学習開始後は危険箇所の説明や作業手順の指示が正確に伝わるようになり、安全性が飛躍的に向上しました。現在は毎年6人程度が受講し、事故もなくなり、日本人スタッフとの関係も良好になっています。休憩時間には日本人と外国人が一緒に談笑する光景も見られ、真の意味でのチームワークが構築されています。
東京の介護施設では、入国1ヶ月後から学習を開始し、半年で夜勤を任せられるようになりました。従来1年半かかっていた夜勤移行期間が大幅に短縮され、会話力向上と介護専門用語の習得が功を奏しました。特に介護記録の正確性が向上したことで、日勤・夜勤間の引き継ぎがスムーズになり、利用者の安全性とケアの質が向上したという評価をいただいています。現在では、その外国人スタッフが他の新人指導にも携わるまでに成長しています。
ーーー日本語能力向上が長期定着にも繋がりうるのでしょうか?
相原氏:
はい、確実に繋がっていると実感しています。日本語ができないことによるストレスは想像以上に大きく、仕事でミスをして怒られても、なぜ怒られているのか理由が分からないため改善のしようがありません。このストレスの蓄積が離職や失踪の大きな要因となっています。
逆に日本語でコミュニケーションが取れるようになると、仕事のミスが劇的に減り、日本人スタッフからも信頼され、かわいがられるようになります。職場での人間関係が良好になることで「この会社で働くのが楽しい」と感じられるようになり、自然と長期定着に繋がっていきます。
結局のところ、外国人材と日本人の間にある壁は「日本語ができるかどうか」が重要だと感じています。日本語でのコミュニケーションが可能になれば、文化の違いについても説明・理解し合えるようになり、お互いにとって良好な職場環境を築くことができます。これが外国人材の長期定着を実現する最も確実な方法だと考えています。
ーーー今後の事業展開について教えてください
相原氏:
現在の事業ももちろん継続していく予定ではありますが、外国人の子供向け日本語教育を計画しています。
特定技能2号の家族帯同や、既に小中学生で11万人いる外国にルーツのある子供たちへの支援です。そのうち1万人は不就学、5万人が日本語指導を必要としており、高校中退率も高い状況です。言葉の問題で障害児クラスに編入されるケースもあり、今後も外国人労働者・定住者が増えるに従い、将来の大きな社会問題になると考えています。
ーーー最後に外国人雇用をご検討中の企業様にメッセージをお願いします
相原氏:
外国人と日本人に大きな違いはありません。楽しいことがあれば一緒に楽しいと思いますし、感情も同じです。お互いを理解できないのはコミュニケーションが取れないことが原因です。日本語がある程度話せれば、初めて外国人を受け入れる企業でも一緒に仲間として働くことができます。
外国人の多くは頑張り屋で、日本人と話したい、日本語を勉強したいと思っています。日本語を話せるようになれば、日本人にとってもストレスがなくなり、外国人にとってもストレスが軽減され、お互い楽しく働けるようになります。一度試していただければ、受け入れてよかったと思っていただけるのではないでしょうか。
編集後記
今回は、現場に特化した日本語教育サービスを展開するむすびば株式会社代表の相原氏にお話を伺いました。
インタビューを通じて浮き彫りになったのは、技能実習制度における日本語教育の構造的課題です。実習生は母国で数百時間の日本語学習を義務付けられているにも関わらず、来日後に「全く通用しない」という現実。送り出し機関の大人数教育、実践性に欠ける教材、そして「送り出すこと」を主目的とするビジネスモデルが、この問題の根本にあることが明らかになりました。
しかし、相原氏の取り組みから見えてきたのは、適切な教育手法があれば外国人材の日本語力は確実に向上し、それが定着率向上に直結するという希望でもあります。
現場で使える実践的な日本語、アウトプット重視の授業設計、そして何より「楽しく学べる」環境づくり。これらが組み合わさることで、受講者の継続率平均9ヶ月という驚異的な数字を実現しています。
外国人材の受け入れを検討する企業にとって、日本語教育は決して後回しにできない投資項目です。むしろ、受け入れ成功の鍵を握る最重要ファクターと言えるのではないでしょうか。